技術解説

磁場に反応するヤヌス(双面)微粒子の開発
(東北大学多元研,JSTさきがけ)



研究された方々
  • 藪 浩(東北大学多元研・JSTさきがけ)
  • 元吉 究(東北大学大学院)
  • 樋口 剛志(東北大学WPI材料機構)
  • 下村 政嗣(東北大学多元研・東北大学WPI材料機構)
  • 有田 稔彦(東北大学多元研)
  • 阿尻 雅文(東北大学多元研・東北大WPI材料機構)



“2つの顔を持つ粒子”と電子ペーパー

ギリシャ神話に登場する、”2つの顔を持つ神”の名から命名された「ヤヌス微粒子」は、その名の通り、1つの微粒子の中に2つの面を持つ粒子です。オセロで使う白黒の石のようなものを考えると分かりやすいと思います。このヤヌス微粒子とは、いったい何に使うものなのでしょうか?

最近、電子書籍ビジネスの進展が新聞紙上などを賑わせていますが、その背景には、読みやすくて低消費電力、また衝撃にも強く、場合によってはフレキシブル性も兼ね備えたデバイスである「電子ペーパー」の技術革新によるところが大きいといわれています。

この電子ペーパーの基本的な表示原理は、このヤヌス微粒子をインク層に滞留させておき、それこそオセロのように電界の+/−でヤヌス微粒子の向きをコントロールすることで、表示を実現しています。
つまり、ヤヌス微粒子の代表的な用途は、この電子ペーパーの画素を構成するものだということができ、電子ペーパーの1画素=1つのヤヌス微粒子、ということになります。




従来比3桁もサイズが小さく,磁場で駆動するヤヌス微粒子の開発

今後、この電子ペーパーをより良いものにしていくためには,やはりディスプレイとして“見やすさ”を追求することが求められています。そのための要件として,

  • 高精細化
  • 反応速度向上

といったことを考えていく必要があります。
そのときに、“ヤヌス微粒子の1つ1つが電子ペーパーの画素になっている”ということは,注目すべき点です。つまり、映像の高精細化のためには、“ヤヌス微粒子のサイズそのものを小さくすれば良い”ことになります。

また現在、ヤヌス微粒子は電場により駆動していますが、反応速度を向上させるためには新しい駆動制御法を考える必要があります。さらにこれらをの要件を満たしつつ,何よりも大量生産品向けの技術として、これらを”安く”かつ”簡便に”実現できるプロセスでなければなりません。

東京工業大学の研究グループは、従来のヤヌス微粒子と比較して3桁もサイズが小さく、また磁場によって駆動する新しいヤヌス粒子を、”溶液を混合して析出するだけ”という非常に簡便なプロセスで実現することに成功しています。




自己組織化で簡便,低コストにヤヌス微粒子生成

これまで、一般的に電子ペーパーに使われるヤヌス微粒子(つまり、1つの画素)の粒径は、だいたい200μm程度といわれています。
これに対して、同研究室が新しく開発したヤヌス微粒子は、1つの粒子の径が30nm以下と,“通常の電子ペーパーに使われているものより、3桁くらい小さい”サイズを実現しています。また,ヤヌス微粒子なので半分ずつ色が分かれていますが,このうち白い部分に磁性微粒子を含んでいることも大きな特徴です。

こうした微粒子を製造するためには、まず「微細なヤヌス構造の微粒子を作る」という技術と、「片方の面にだけ磁性微粒子を集める」という2つのキーテクノロジーが必要になります。

contents

まず1つ目のキーテクノロジーである「ヤヌス微粒子の作成」ですが、これは「自己組織化析出法」と呼ばれる方法により行います(従来は、コアセルベーションによる製造が主でした)。
これは非常に簡単な方法で、ポリマーの溶液を調製し、そこに”ポリマーが溶けない”溶媒(貧溶媒)を入れます。その後で、良溶媒(ポリマーを溶かす溶媒)を蒸発させて、だんだんと析出させる、というもの。良溶媒を蒸発させるので、「良溶媒の沸点が貧溶媒より低くなければならない」という制限はありますが、自己組織化を利用して非常に簡単に、比較的サイズの揃ったサブミクロンの微粒子を作ることができます。

同研究室ではこの技術をさらに展開し、2種のポリマーを混合したポリマーブレンドの粒子、あるいはブロックコポリマーの粒子などの相分離構造をコントロールすることで、その内部に今回作成したヤヌス状の構造以外にも、コア−シェル状の構造、ラメラ状の構造などをもった微粒子が選択的に得られるということを見出しています。




自ら選択的に,磁性ナノ粒子を片方の面にのみ含ませる技術

また、2つ目のキーテクノロジーである「片方の面にだけ磁性微粒子を集める」ことについても、金属ナノ粒子の表面にポリマーを被覆させ、これをポリマーブレンド溶液中に加えて微粒子を作成すると、被覆したポリマーと同じポリマーの層にだけ選択的に金属ナノ粒子を入れることができる、という非常に簡便な方法を見出しています。
実際に金属ナノ粒子を用いた実験では、ヤヌス状の構造の片方だけに、金属ナノ粒子が入っていることを確認しました。
あるいはコア−シェル状の粒子の「コア」「シェル」それぞれに、またラメラ状粒子にも選択的に金属ナノ粒子を入れることができます。

contents

この方法を用いて、磁性ナノ粒子(10〜20nm径)をこの中に入れることを考えました。
磁性体のナノ粒子の表面から、UV照射によってラジカルを発生させ、リビングラジカル重合で、「ポリスチレングラフト磁性体ナノ粒子」にします。本来、酸化鉄というのはPhnの有機溶媒には溶けずに沈殿してしまうのですが、ポリマーを生やしてやると、ポリマーが生えているおかげで分散します。実際にポリエチレングラフトした後の酸化鉄の粒子を観察すると、比較的サイズの揃った粒子で、有機溶媒中に分散することを確認しました。

このような磁性体の酸化鉄の表面にポリマーを生やして有機溶媒に溶けるようにし、それとは異なるポリマーを混ぜて、水を加えて微粒子を析出させます。これにより、今回の場合だとポリスチレンとポリイソプレンの相があるような、ヤヌス状の微粒子ができあがりました。

このように、磁性ナノ粒子の分散液と、ポリマー溶液を“混ぜるだけ”という非常に簡便な方法で、磁性のあるヤヌス微粒子が得られたとのことです。

(当日配布資料,講演取材などをもとに「学際ネットワーク」設立準備会が記事作成)


メールアイコン
本研究へのご意見,ご質問がありましたら,ぜひお寄せください。こちらにてお待ちしております。