「医工ものづくりコモンズ」シンポジウムより

5.機械工学の立場から


ご講演された先生

藤江 正克(早稲田大学理工学部 教授)






日本機械学会の理事でもある,早稲田大学理工学部の藤江正克教授は,機械工学の立場から医工連携についてお話をされました。
企業に30年,大学にて9年間のキャリアをもつ藤江教授は,医工連携についても「とりあえず,物をつくらないことには始まらない」ということ,「そのために,学会として何かできることをしたい」という立場から,“具体的な成果を視野に入れた活動“および”産業育成の中における学問・学会の役割“について熱心に解説されていたことが印象的でした。 




● 学会を中心とした,“定量的な評価”のための議論を ●

最先端ロボット技術による医療・福祉支援をご専門とする藤江教授は,鉄腕アトムや鉄人28号に子供の頃あこがれた話などを交えつつ,自らの50年を振り返る中で,「医工連携においては,自分も含め“ロボットが役に立たない”という評価をされるたびに,“法規制などの対応が悪い”ということを言い返してきただけのような気がする」と述べています。 

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規制緩和などの対応がなかなか進まないことだけを,事あるごとに言い続けてきたけれど,果たして工学の本分である「定量的な評価」(たとえば,この機械を作ったときに,これだけのメリットがあり,逆にこれだけのリスクもある,という評価)をしっかり示してこられたかといえば,それは疑問といわざるを得ないそうです。人間が作る機械ならば,当然リスクもあります。“そのリスクはどの程度のものなのか”,“患者さんにとって,そのリスクは許容できるものなのか、そうでないのか”について,機械工学の立場からは議論を深く掘り下げ,しっかりとした「ベネフィットとリスクの定量化」を行わなければなりません。

また安全についても,これまでは“安全”という言葉だけが独り歩きするような,「ほわっとした」議論だけが繰り返されて,しっかりとした中身のある議論がされてこなかった,という点は反省材料として大きいと、藤江教授は指摘しています。

 しかしこうした議論を,「製品化するのは企業だから,企業が考えなさい」と個々の企業任せにしてしまう状況というのは,やはり問題があります。藤江教授はその上で,「こうした問題・評価をはっきりさせるのは,学会の仕事ではないかということを,強く感じている」と述べています。「現在オーソライズされている技術にはこのようなものがあり,医学と工学の良いところを組み合わせるとこのようなことができるが,その際にはこのようなリスクもある」という指標は,学会のような仕組みの中でしっかりと議論し,生み出されてこそ意味のあるものとなります。
しかし一方で,こうした取り組みは「待ったなし」の状況になってきていることもまた事実。しっかりとした議論を行いつつも,一方では“たとえば5年後の実用化”あたりまでを狙った,迅速かつ具体的な取り組みを行っていかなければならないという,難しい舵取りを迫られています。




● 揃いつつある材料に対し,ネガティブに否定するだけでは始まらない ●

こうした状況の中,こと「機械の側から見た医工連携」についてはネガティブな発言が取りざたされているそうですが,その一方で,“新しい取り組みを行うための材料”となりうる,いくつかの変化が起こり始めたといいます。これにより揃い始めた材料をネガティブに全否定するのか,ポジティブに見るのかで,得られるものは大きく異なります。これらをポジティブに見方を変えて,活かせるものは活かし,うまくアレンジしていくことが,今後は重要になります。

お話の中では,以下のような例が挙げられていました。

  • たとえば一例として,「混合診療」(健康保険の範囲内の分は健康保険で賄い、範囲外の分を患者さん自身が費用を支払うというもの)については,これまでにも,またこれからも賛否両論あるが,それはさておき昨年あたりから動き始めたように見える。こうした制度もネガティブに見るだけでなく,ポジティブに向き合うことも考えたい。
  • 「高度先進医療制度」も、「高度医療評価制度」というものに変わり、泌尿器の手術にダビンチが使えるようになってきた。それを「それしかできない」と捉えるのか、「まずそれができるようになったから、今後はどんどん広げていこう」と考えるのでは大きく違うし,後者のように考えていくことが大切なことなのではないだろうか。
  • 「医薬品医療機器総合機構」の有効性は,今年の日本コンピュータ外科学会の大会などでもさまざまな議論がされたが、これも「何もできていない」という意見をいう人がいる一方で、「体制も強化された。これからみなで盛り上げてやっていくのが今なのではないか。そこに対して、学会もできることをやっていこう」と考えるのも一つの考え方。
  • ・ 「スーパー特区」についても、「なかなか動かない」とネガティブに見る一方で、「こうしたものは、これまでになかったことなので、その中でこれから活動していこう。一般のロボットについても、ロボット特区というものができてからずいぶん動き始めたではないか」とポジティブに考えることもできる。

もちろん,これらをポジティブに取り込んでいくにしても,“気分だけで議論する”のではなく,エビデンス(根拠・証拠)は当然必要になりますから,定量化を心がけた議論を行わなければなりません。しかし“安易に否定してしまうことで,これらのもつ大きな可能性を摘んでしまっているのではないか”ということは,改めて考える必要があるでしょう。




● 融合のスタイルそのものは重要ではない。「何を生み出したか」が重要 ●

これらの取り組みを,学会が主導して行うべき問題である,ということに加えて,「研究者は自らの研究が適切に社会に還元できるよう,学会としての主張,コメントを出していくべきだ」と藤江教授は述べています。日本産科婦人科学会が,各種医療問題について折に触れコメントを発表していることをお手本とし,「日本医工ものつくりコモンズ」のあり方についても,

  • 日本の科学技術政策に対する提言を,学問知の側からもぜひ出していきたい。
  • 日本の医療政策に対する提言も,同じようにぜひ出していきたい。

との考えを示されました。

こと医工連携では,「医学・工学の融合」のあり方が取り沙汰されますが,実は上記のようなことを行っていくためには,社会科学や人文科学との融合も必要になるかもしれません。どのような形で融合するか,ということ自体は大して重要なことではなく,“普段は自分の研究分野に埋没していてもいい。必要なときに必要な人が集まればそれでいい。むしろ,それによって確実に何かを生み出していくことのほうが重要”という言葉が非常に印象に残りました。

(当日配布資料,講演取材などをもとに「学際ネットワーク」設立準備会が記事作成)


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