「医工ものづくりコモンズ」シンポジウムより

4.人工臓器に関するもの作り


ご講演された先生

福井 康裕(東京電機大学 教授)






● 人工臓器の最大の問題は”長すぎる治験” ●

 東京電機大学・福井康裕教授からは,「人工臓器に関するものづくり」の視点から,ご講演が行われました。これまでは50年にわたり,代々外科系の臨床医学部教授が歴任してきた人工臓器学会の理事長を,先日まで工学系として初めて務めておられた福井教授。「なぜ自分が就任したのか分からない」と首をかしげる一方で,「この分野においてものづくりの技術が重要視されたことの一つの表れではないか」という分析もされていました。

人工心臓を例にご講演を行った福井教授は,講演に際し「人工心臓は治験に非常に問題があるという現状を,ぜひ理解して欲しい」と語ります。「先日,国に対して要望書を提出した」との発言もあった人工心臓の状況とは“一体どのようなもの”で,“なぜそうなったか”を我々はよく考える必要があるのかもしれません。




● 人工心臓開発の歴史 ●

contents

 こうした問題を考えるために,まず人工心臓の開発の歴史についての説明がありました。 最初に開発された人工心臓は,「埋め込み型補助人工心臓」(通称:第一世代)と呼ばれるもので,ポンプ部はかなり大きく体内に収まらないため,体外からチューブで駆動していたそうです。「ノバコア」「ハートメートVE」という2つの製品の開発が行われたこのタイプは,両方で1万例以上の臨床応用がなされる一方で,「欧米での開発品のため,日本人にはやや大きすぎる」「価格が千数百万円と高価」という大きな問題があったそうです。

 機構が複雑・高価格になる1つの要因として,その駆動方法が,ダイヤフラムポンプなどにより“人間の心臓の鼓動を再現する”ものであったことが挙げられます。しかし拍動とは,本当に必要なものでしょうか? むしろ連続的に一定の流量を送る,“定常型”のポンプであれば,非常に小型かつ機構もシンプルに,低価格で実現することができます。
「生体にとっての,拍動の要・不要」は今でも議論の続くテーマとのことですが,当時は非常に多くの議論の末,1978年の能勢教授の「定常型の人工心臓でウシが3ヶ月生存」という成果によって,「第二世代」と呼ばれる定常型の開発に大きな可能性が示されました。

 人工心臓研究のスタートから25〜26年を経た後には,今度はアメリカで「完全埋め込み型人工心臓」の国家プロジェクトがはじまり,各地で活発な開発競争が行われたそうです。それから十数年後には,はじめて臨床応用がなされましたが、これは“完全に心臓を取り去って、人工心臓を埋め込む”というもの。その後1例の臨床を経て,いくつかの条件付きながらも,FDAにより治験が承認されました。この完全埋め込み型人工心臓「アビオコア」は,2001年〜2004年までの間に14例の臨床応用を行い,最大で512日までの生存に寄与しました。

現在はこの「完全埋め込み型人工心臓」の研究は止まっていますが、アメリカの取り組みは非常に先駆的、挑戦的なものという印象を持ちます。




● 日本における人工心臓の開発 ●

では,日本における人工心臓の展開はどうなのでしょうか?

1980年に三井記念病院にて、東京大学・渥美和彦教授による「体外設置人工心臓」の埋め込みがはじめて行われましたが,これはポンプのほかに、冷蔵庫のようなコントローラーを体外に設置して駆動するという,研究目的の装置でした。また,ほぼ同時期に、国立循環器医療センターでも東洋紡製の人工心臓が開発されましたが、これも同様に体外に大きなコントローラーを設置するというもので,研究用に開発されたこうしたタイプのものは,日本以外には例を見ません(これらは仮に「第0世代」と呼ばれています)。
当時のものはあまりに装置が大きいために,最近は小型のものも開発されましたが,空気圧駆動で,人工心臓は外側に置く,という構造は依然として変わっていません。

1995年には,やっと日本でも,通産省の体内埋め込み型の人工心臓プロジェクトが開始し、その2年後にできた臓器移植法とペアで,開発から臨床試験までが行える体制が整いました。また,厚生労働省によって、新たに4つの埋め込み型補助人工心臓の選定が行われるなどしました。

  • 東大型/国循型
  • 海外製の第一世代人工心臓(ノバコア/ハートメートVE)
  • 潟Tンメディカル技術研究所による、小型の定常流のポンプを使った人工心臓(女子医大、早稲田大、ピッツバーグ大共同開発)
  • テルモによる第三世代。1995年ぐらいから開発された,磁気浮上による人工心臓。

・・・と,ここまではよかったのですが,問題はこれら人工心臓のその後の経過です。“日本における治験の期間が長すぎる”,という問題が,人工心臓の実用化に大きな影を落としていることがわかります。

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まず東大型は,試験開始から8年を経て実用化に結びつかないまま製造を中止し,国循型も治験終了までに実に8年を要しました。アメリカにて開発されたノバコア,ハートメートなども,治験にあまりに時間がかかる(8年)ために完全撤退してしまったそうです。
期待された新しい人工心臓も,サンメディカル技術研究所,テルモのいずれも治験中のため,現在も日本国内では使用することができないといいます(しかもサンメディカル社による人工心臓は,創業から現在まで17年にわたり,赤字体質を強いられてきましたし,テルモもまずは海外にて治験を行い(2004年にドイツで治験終了),その後日本に戻る,というプロセスを経て,それぞれに苦労を重ねての開発となっています。

その結果として,なんと30数年前に開発された国循型が,“日本で使える唯一の人工心臓”という驚くべき状況になってしまっているそうです。こうした状況を,皆さんはどう思われるでしょうか?




● “同じ過ちを繰り返さない”ことが何よりも重要 ●

ご講演の中で,「いま患者さんは非常に困っている。このような歴史を知って,何らかの新しい,市場に関わる医療機器を開発しないと,我々はまた同じ過ちを繰り返す」という懸念を強く示された福井先生。お話の中では「医工ものつくりコンダクター」とでも呼ばれる組織の必要性が訴えられましたが,“これまでと同じ失敗を繰り返さない”ということが何よりも重要なこと,またそのために情報共有が大切だということを,非常に考えさせられたご講演でした。

(当日配布資料,講演取材などをもとに「学際ネットワーク」設立準備会が記事作成)


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