「医工ものづくりコモンズ」シンポジウムより
3.内視鏡外科学の立場から
東京慈恵会医科大学の森川利昭教授からは,内視鏡外科学の立場で,医療機器開発や医工連携についてのご講演がありました。
森川教授が理事・評議員を務める日本内視鏡外科学会の会員はほとんどが医師で,1991年の発足以降,毎年500人づつ会員が増えるという驚くべき拡大を遂げ,20年で会員数1万人を突破したという,非常に注目度の高い学会です。
まず最初に,内視鏡の種類,および内視鏡手術の歴史について,簡単に説明が行われました。ちなみに内視鏡手術は,正しくは「内視鏡下手術」。内視鏡下での手術ということですが,途中の“下手術”だけが目に入ることが問題だ,との話に,会場が沸く場面もありました。
一般に内視鏡は,膀胱や胃袋などの,“視鏡を入れる入り口がもともとあるもの”と,腹腔鏡などのように,“わざわざ内視鏡を入れる穴を開けて中を見る”,「体腔鏡」と呼ばれるものの2種類に分かれるそうです。このうち体腔鏡は技術的にも難易度が高く,開発も50年ほど遅れてのスタートとなっています。
内視鏡手術にとっての大きなブレークスルーは,なんといっても「CCDカメラが開発された」こと。これにより,それまで1人しか見ることができなかった景色を,複数の術者が共有することができるようになりました。それによって,まずフランスの医師,フィリップ・ムーレが1987年に,腹腔鏡による世界初の胆嚢摘出手術を行い,これを機に腹腔鏡手術は世界に普及していくこととなります。
その後,日本では1990年に帝京大学医学部附属溝口病院の山川達郎教授による胆嚢摘出手術が行われ,胸腔鏡手術は1991年ごろから行われはじめたといいますが,ここで興味深いのは,「同じ時期に世界中でほぼ同時発生的に起こっている」こと。「海外に先を越されることの多い医療機器の分野では,スタートに差がないことは大きなチャンス」だと森川教授は語っています。
内視鏡手術では,これまで大きな傷をつけて手術を行っていたものが,非常に小さな傷で済むようになりました。これは傷の大小や苦痛の有無というのみならず,合併症の危険性低減や安全性向上の面で,非常に大きな差があるとのこと。
内視鏡外科学会が毎年,手術件数の調査を行ったところでは,手術件数は1990年からほとんど右肩上がりに増えているそうです。“手術件数自体が毎年大きく増える”とは考えにくいので,これは本来“大がかりな手術”で行っていた手術を,スキルアップに伴って“内視鏡による小さな手術”に置き換えていくケースが多くなったと考えられます。
この例からも分かるように,「機械の進歩が外科手術を支える」というよりは,むしろ「機械ができたことによって,新しい治療の方法・可能性が生まれる」ということだと,森川先生は強調します。人間の手の構造は50年前も今も当然変わらず,“手によってできること”自体もそうは変わりません。「むしろ人間社会における技術進歩の歴史が外科学の中でも同じように繰り返されるであろう。その中心は,ロボットやコンピュータとその応用にあり,機械の進歩が外科学を大きく変える牽引車になっているといっても過言ではない」と教授は語ります。
ちなみに内視鏡手術においては,内視鏡自体もさることながら,ステープラー(先端にホチキスがついた,切って縫う機械)が手術の方法自体を変える,非常に大きな役割を果たしたそうです。内視鏡手術の機器類の多くは海外製で,そこに対して「安くて品質が良い」日本の製品・技術で戦いを挑んでいくことになりますが,「むしろ日本の企業には,価格競争に持ち込むのではなく,この例のように“手術の方法を変えるような新しいもの”,“これまでにないもっと良いもの”を作って欲しい」という現場からの要望も報告されました。
外科学は“人を扱う学問”の性質上,倫理的な要求度が非常に高い分野です。加えて安全性も非常に高いレベルで要求されます。今後明確に“低侵襲”を目指す外科学において,大きな鍵を握るのは信頼性・安全性と“経済性”との兼ね合いであり,医と工の有機的な連携が図られていくのは必須のことといえるでしょう。
内視鏡外科学会の委員会で独自に調査したところでは,「内視鏡領域において医と工の連携により解決を図られるべきテーマがあるか」という問いに対し,半数以上が「ある」と回答(右図)する一方で,「実際にそうした活動に携わったことがあるか」という問いには,残念ながら「ない」という回答の多いことが分かったそうです。
活動に関わったことのある人に対して行った,「医工連携の中で解決すべき問題があるか」という問いに対しては,大部分が「ある」という回答。その中の大きなものとしては,別紙のような問題が抽出されました。
またこれらの問題をスムーズに解決する手段として,“学会の介入”を期待する声も多かったことなどが報告されました。
(当日配布資料,講演取材などをもとに「学際ネットワーク」設立準備会が記事作成)
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