「医工ものづくりコモンズ」シンポジウムより
2.コンピュータ外科学と生体医工学の立場から
続いて,東京大学大学院・工学研究科の土肥健純教授より,「コンピュータ外科学と生体医工学の立場から」というテーマで講演が行われました。
土肥教授はコンピュータ外科学会では理事長,生体医工学学会では会長を歴任され,こうした経験をもとにさまざまな視点から医工連携の問題を分析し,非常に分かりやすく紹介しています。
この問題を考える大前提として,まず冒頭に,「医療機器と薬」,そして「検査機器と治療機器」は違うものである,という説明がありました。専門外の私たちは,ついこれらを同一視しがちですが,この点を明確に区別しないと,本質的な問題は見えてきません。
その上で,「日本でこれまで実用化されているもののほとんどは,“治療機器”ではなく“検査機器”である」ことを指摘しています。検査機器は,
- 検査によって「患者さんが亡くなる」ことはない。つまり、リスクが少ない
- 多くの場合、保険点数の対象となる。
これに対して,治療機器の場合は,
- 治療機器の性能が高い水準でないと、手術に危険が伴うので、現場で使ってもらえない。一方、高い水準の製品を開発するには、現場での治験が必要、というジレンマ。
- 開発した装置を使ってこれまでにない良い治療を行っても、それを使わずに従来どおりの治療を行っても、同じ保険点数。
こうしたことから,日本では検査機器が市場を創出した一方で,治療機器はなかなか実用に結びつかないという状況があるそうです。リスクがある研究について,政府から企業に研究費が支給されますが,上記のような理由に加え,審査に時間がかかること,法整備の問題などから,基礎研究だけは日本でやって,いざ実用化となると海外に行ってしまう企業などもあり,こうした問題をさらに深刻にしているといいます。
続いて,医学と工学それぞれの研究者の考え方,文化の違いについての分析がありました。この中で土肥教授は,以下のような面白いたとえ話で,工学の陥りやすい問題を指摘しています。
「たとえば,この世に“洗濯機”というものがまだない,と仮定してみて下さい。そのときに,「洗濯をしてくれる機械が欲しい」と要望を出すと、でき上がってくるのは“人間が洗濯板で衣服をゴシゴシ洗う動作を再現したロボット”ということが,医工連携の現場ではよくあります。
この場合は,“衣服の汚れを落とすこと”が目的であって,動作者の手技はあくまでその手段に過ぎない,ということをよく考える必要があります。」
ロボットの市場創出についても,よく似たような議論がされることがありますが,人間の動作を再現するなら,市場に入るためにはその人間の能力を大きく凌駕し,かつ安全確実なものでなければならないでしょう。まして神業のような外科の医療行為を再現することは難しく,この場合は「目的に対して,機械に適した手段は何か」を考えることが重要になります。
一方で,医療とは畑違いの工学研究者がこうした手段を考え出すことは,非常に難しい取り組みです。医学関係者から,「その機械があれば、医者はいらないね」といった言葉が聞かれることもありますが,それは大きな間違いであり,充分な経験に基づいたアドバイスと技術開発の知識の両輪が揃わなければ,その後の発展もないということを認識する必要がある,と土肥教授は述べています。
上に述べた例もそうですが,やはり工学側にはメカニズムや機構・制御を偏重し,本質を見据えているとは言えない部分があるといいます。医療の現場で使われる装置は,
- 安全であること,
- とっさの判断や対応を阻害しないこと,
- 誰でも扱えること,
- 洗浄・消毒が常に必要であること(特にこれが忘れ去られがち)
から,装置は小型軽量で,無駄な機構は一切を廃し,非常にシンプルなものであることが必要条件とのことです。コード類も最低限か,できればないに越したことはありません。また,もう一つの大変重要な課題である要因に「安価であること」がありますが,この問題を解決するためにもシンプルな構造を心がける必要があります。
一方,医学系の問題として,安全性についての深い議論がされないまま,現場で使用してしまうケース,また機器の特性をよく理解しないまま,間違った方法で収集されたデータに基づいて結果を判断してしまうといったケースが少なくないことが述べられました。
さらに,どこでも同じように医療行為を提供しなければならないという医学の性質上,止むを得ないことなのですが,学術的にあまり意味のないことを要求したり,特許面で非常に制約を課せられている企業の状況をよく理解せずに,要求をしてしまうケースも少なくないといいます。
医学関係者の中には,残念ながら「工学の研究者は,これを作ってくれりゃいいんだ」という態度で接してしまう人も少なからず存在するようです。またどちらにもいえることですが,協力者の存在を忘れ「自分たちが独自に開発した」と主張してしまう問題も多く,これでは上記のような例はいつまでも平行線のままです。双方が自分の主張に終始する態度を見直し,お互いの立場や考えをよく尊重し理解すること、またそうした場を積極的に持つことが必要となります。
最後に,双方に共通の問題として,相手の専門がよく分からず,まったく畑ちがいのところに相談を持ち込んでしまったり,金銭的・時間的な見積もりの甘いまま医療機器開発に参入し失敗するケースが少なくないそうです。この問題については,当事者よりむしろ外側から,こうした相互連携の橋渡しをする目利き(コーディネーター)の重要性が増してくることに,お話の中では触れられていました。
このほかにも,企業,関係官庁についても触れられており非常に興味深いのですが,これらについては別紙にまとめておきます。
(当日配布資料,講演取材などをもとに「学際ネットワーク」設立準備会が記事作成)
本研究へのご意見,ご質問がありましたら,ぜひお寄せください。こちらにてお待ちしております。