「医工ものつくりコモンズ」シンポジウムより
「医工ものつくりコモンズ設立の趣旨」について
まずはじめに、「日本医工ものつくりコモンズ」の世話人である,慶應義塾大学理工学部の谷下一夫教授より,医工ものつくりコモンズ設立の趣旨,およびその背景についての説明が行われました。
「医工ものつくりコモンズ」は,通常は比較的医療とは無縁であるような、特にものづくりの分野の人々にも、このような問題への関心を持ってもらいたいという考えから,日本機械学会ほか複数の学会が協力して新たに設置された組織です。
名称の「コモンズ」とは“共有地”を指し,「ものづくり基盤分野、臨床医学分野、産業界および官界が同等な立場で遭遇し、意見交換できるプラットフォーム」となることを目指しています。 現在,医工ものつくりコモンズは,12の学会にて理事会レベルで承認されており,また日本学術会議第二部の生体工学分科会とも連携を図っていくことになっています。
設立の背景について,まず谷下教授は,わが国の医療機器開発の状況に触れ,厚生労働省「新医療機器・医療技術産業ビジョン」(平成20年9月)(完全版/概略版)の資料にあるように,貿易収支で5700億円の赤字と,国際競争力が非常に脆弱であるといわざるを得ない状況を指摘しています。
この点は,日本生体医工学会誌の特集号(46巻3号 2008年6月)「日本のME産業発展における真の問題点と解決策」 (目次へのリンク)においても,各方面の識者により詳しく指摘されているのですが,その中では「医療に関する国民の理解度向上が必要」「世界市場と回復速度をにらんだ戦略の必要性が重要である」といった提言のほか,「医療産業はこのままでは「絶滅危惧種」になるといった懸念さえ飛び出しているということです。
中でも教授は,人工心臓の研究で有名な、ベイラー医科大学・能勢之彦教授の「日本の経済の復活には,医療福祉機器しかない」という提言を,“非常にドラスティックな”コメントとして紹介され,合わせて「日本の医療機器開発にとってのチャンスはこの数年である」という点にも注目しています。
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能勢教授の論旨のポイント
- 日本政府の人工心臓関係の研究費は、実はアメリカ以上であった。それなのに、生育につながっていないというのはどういうことなのか。
- 今、ドイツの医療技術は大きな発展を遂げており、アメリカに迫る勢い。そんな中で、日本は実は「崖っぷち」状態なのではないか。
- そういう意味では、日本にとってのチャンスはこの数年である。特に高齢化社会を迎える中で、「安全」「有効」「安価」な医療機器を提供することは、非常に大事。それができなければ、日本は医療において三流国になってしまうのではないか。
医療機器産業発展のために解決しなければならない問題は、大まかにまとめると以下のようなものが挙げられます。
- 医療に関する国民の理解不足
- 審査体制に関する問題(時間がかかりすぎる,など)
- 保健医療に関する問題
- 事業化に必要なインフラ整備
- 人材育成の問題
- 医学と工学の緊密な連携の不足
この中で教授は、これまで規制や審査の問題は比較的よく議論されているのに対し,ものづくりを基盤とする医療へのトランスファーの問題については議論が尽くされているとはいえないと述べています。
言うまでもなくものづくりは日本の得意分野であり,こうした得意分野を医療機器の分野でも活かすこと,そのために解決すべき課題を「医工共有の問題」としていくことが,患者さんにとっても、また医療機器の国際競争力向上のためにも大きな貢献となります。また大学における人材育成の問題は,医工の融合領域の人材育成をカバーする教育機関がまだ非常に少ないという現状があり,この点についても考えていかなければなりません。
「今はまだ局所的な最適化の議論が多いことを否定できない。やはりもっと全体的な最適化の議論に移行していくことが必要。またさらには、世界的な枠組みの中での議論が必要。」と教授は語っています。そのための取り組みの第一歩として,今回のものつくりコモンズ設立は,非常に期待される取り組みといえるでしょう。
(当日配布資料,講演取材などをもとに「学際ネットワーク」設立準備会が記事作成)
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